Japan Metal Indies

SNIPER / スナイパー



左から、村瀬 "Rommy" 呂美、伊藤 "Shunji" 俊治、北尾 "Kinny"茂久、
日下部 "Burny" 正則 (黄金の第1期メンバー)


BURNYは、レス・ポールというイメージが強かったが1枚目の写真同様、ストラトっぽい。


左から、横谷 "WATARU" 渉、日下部 "BURNY" 正則、
吉田 "TAKASHI"隆、板倉 "JUN" 淳


これも、数少ない貴重なライヴ・ショット! LEO & BURNY


BIOGRAPHY

第1期

  • Vo:北尾 "KINNY" 茂久
    生年月日:1962.08.21
    出身地:愛知県名古屋市
    血液型:A
    身長:175cm
    影響を受けたアーティスト:フレディー・マーキュリー

  • G:日下部 "BURNY" 正則
    生年月日:1963.05.28
    出身地:岐阜県下呂町
    血液型:B
    身長:172cm
    影響を受けたアーティスト:ポール・コゾフ

  • B:村瀬 "ROMMY" 呂美
    生年月日:1962.08.07
    出身地:愛知県名古屋市
    血液型:O
    身長:176cm
    影響を受けたアーティスト:ゲディ・リー

  • Ds:伊藤 "SHUNJI" 俊治
    生年月日:1962.04.30
    出身地:愛知県名古屋市
    血液型:AB
    身長:174cm
    影響を受けたアーティスト:スティーブ・スミス

注)第2期以降はBURNYは、割愛させて頂きました。

第2期

  • Vo:金子 光則
  • B:宮田 登志
  • Ds:ロバート・A・マッキーン
  • Kb:加藤 剛

第3期

  • Vo:吉田 "LEO" 隆
    生年月日:1958.12.24

  • B:横谷 "WATARU" 渉

  • Ds:板倉 "JUN" 淳
    生年月日:1963.03.16

Burny Project

  • G&Cho:日下部 "Burny"  正則
  • Vo:岸本 友彦(元ムルバス)
  • B:木本 高伸     (元ヘッド・ルース)
  • Ds:山口 昌人 (元フォート・ノックス)
  • Kb:岡垣 正志 (元テラ・ローザ)

Burny,Ryo & Jun

  • Vo&G:日下部 "Burny"  正則
  • B:高橋 "Ryo" 竜
  • Ds:板倉 "JUN"  淳

ここでは、管理人の大好きだったジャパメタ・バンド"SNIPER"を取り上げてみたいと思います。
このバンドの持つ素晴らしさをネットを通じて1人でも多くの方に知って頂きたい。
また知っているという同士諸君に集まって頂きたいという強い思いからこのコーナーを作りました。
また、昔のライヴの話や最近のBURNYの情報、第1期、第2期、第3期メンバーのこんな情報知ってる!
何でも構いませんので情報もお待ちしておりますので、BBSに情報をお寄せ下さい。


■SNIPER 結成■
1981年8月、地元のコンテストで知り合い、それぞれのバンドを脱退してSNIPERを結成。
■経歴■
1982年9月より、名古屋E.L.L.での活動を中心に、中部・関西地方を精力的にツアー。
当時としてはアマチュア・バンドにとって高嶺の花だった自主制作盤『Thrilling Shot! 』という2曲入りシングルを1983年7月にリリース。
この後名古屋のライヴ・ハウス『エレクトリック・レディ・ランド(E.L.L.)』のサポートを受け、同ライヴ・ハウスの持つ自主制作レーベルである、E.L.L.Recordsから1stアルバムとしてライヴ盤の『Open The Attack』('84年3月)を発表して、次いで全国ツアー開始。
その後2nd.アルバム『Quick & Dead』を'85年6月に発表し、日本のインディーズ・シーンだけではなく、ロック全体の動きに活気を与えた。
この2nd.アルバム発表後の'85年12月にはオランダの"メガトン・ディスク"という、ヨーロッパではメジャー・レーベルからいきなり発売されるという快挙を成し遂げている。

しかし、この頃G.のBURNY以外大幅なメンバー・チェンジがあった。
大阪のバーボン・ハウスで"『Quick & Dead』発売記念ギグ"を2DAYSやった時に、管理人はバーボン・ハウスのアルバイトで働いていたが、2日目にDr.の伊藤 俊治とB.の村瀬 呂美の脱退がVo.の北尾 茂久から告げられた時はかなりショックだった。この時はまだVo.の北尾の脱退はないように思えたのだが。その後北尾も脱退。

'86年8月、新メンバーにVo.吉田 隆、B.横谷 渉、Ds.板倉 淳を迎えヨーロッパ・ツアーを敢行。
サウンド的には、第1期メンバー時はオーソドックスなハード・ロックであるのに対して、第3期メンバー時には吉田のボーカルを生かして少しブルース色と、ヨーロピアン・テイストも漂わせたハード・ロックという感じだ。
スナイパーは、ギタリストのBURNYを中心としたバンドで、常に活動方法、音楽性の核には彼が大きな力を発揮していた。
日本のハード・ロック・シーンにおいてインディーズの動きを作ったのは彼らであるし、1年の3分の2をツアーに費やすというプロのバンドでも成し得なかった離れ業も見事にやってのけた。

そして、第3期メンバーではオランダ・ツアーも成功させている。
途中メンバー・チェンジがあったことから、メジャー・デビューを逃しているものの、楽曲の素晴らしさ、演奏力・観客動員力等どれをとってもプロとして通じる数少ないバンドであったことは確かである。
サウンド的には上記にも記してあるが、ベースとなっているのはヨーロッパの香りを漂わせるオーソドックスなハード・ロックであるが、とにかくメロディ・ラインがハッキリしており、とてもコンパクトな作りになっているのが特徴である。
そしてメロディ・ラインも個性的で、流れるような優しい響きと、激しく突き上げるような冷たさを持ち、それらが上手く絡み合い、バックのサウンドに乗っている。そのメロディ・ラインをコントロールしているのが、BURNYのギター・ワークで、ライト・ハンド等といった特殊奏法を一切使わず、正統派スタイルで表現している。
勿論、特殊奏法が駄目だと言ってる訳ではない。
それだけメロディ・ラインを大切にしている証拠でもあるし、真の実力と表現力がなければ出来ないといっても過言ではない。
感受性が優れているからこそ表現力にも違いがあるのだろう。これはギタリストとしてとても大切な事だと思う。
ギタリスト BURNY について
BURNYは、'87年10月にソロ・プロジェクトとしてアルバム『GRASS WALL~Ain't Dead Yet』をリリース。
このアルバムでBURNYは、スナイパーでは表現できない、また違った音楽性とギター・ワークを披露している。
このアルバムでは、ハードあり、インストあり、バラードありといった感じで色々な側面のBURNYを垣間見る事が出来る。
特にバラードの"TIME WAS"ではBURNYの泣きのギター炸裂でお勧めである。
スナイパー・ファンならずしも、ギター・フリークは一聴して欲しいものである。
その後、管理人もジャパメタからかなり遠ざかった時期もあり詳しくないが、前述のソロ・プロジェクトのメイン・ボーカリストの岸本 友彦(元MURBAS)と、これがきっかけになり、"J.D.K.BAND"という流れになった。

このバンドに関しては全く今のところ情報がないので分かりません。分かり次第アップします。
その後、スナイパーの第3期メンバーの1人であるDs.の板倉 淳と、B.には元ホワイト・ファング~大谷レイヴン・バンド他の高橋 竜を迎えてBurny,Ryo & Junを結成。
このバンドは3人が2年以上の歳月を経て'95年にリリースした唯一のアルバム。ベーシックなサウンドは、'70年代~'80年代初頭の洋楽指向のハード・ロック。

DISCOGRAPHY

・2曲入りシングル
『THRILLIG SHOT』

    <Side A>
  1. FIRE
    <Side B>
  1. PHANTOM OF THE NIGHT

  • Vo:北尾 "KINNY" 茂久
  • G:日下部 "BURNY" 正則
  • B:村瀬 "ROMMY" 呂美
  • Ds:伊藤 "SHUNJI" 俊治
『SNIPER DEMO TAPE '84』

  1. NEVER CHANGE
  2. CRAZY DRUG
  3. NO FALLING LOVE
  4. FIRE
  5. 孤独の戦士

  • Vo:北尾 "KINNY" 茂久
  • G:日下部 "BURNY" 正則
  • B:村瀬 "ROMMY" 呂美
  • Ds:伊藤 "SHUNJI" 俊治

・8曲入りライヴアルバム
『OPEN THE ATTACK』

    <Side A>
  1. OPEN THE ATTACK
  2. DADICATE
  3. BLACK RAIN
  4. OVER THE SKY
    <Side B>
  1. HARD TIME
  2. 眠れない夜
  3. NEVER CHANGE
  4. FIRE

  • Vo:北尾 "KINNY" 茂久
  • G:日下部 "BURNY" 正則
  • B:村瀬 "ROMMY" 呂美
  • Ds:伊藤 "SHUNJI" 俊治

※B4のみ、大谷 令文(G.Ex.MARINO)参加。

・9曲入りアルバム
『QUICK & DEAD』

    <Side A>
  1. LET IT SHINE ON ME
  2. HOW DO YOU FEEL
  3. DREAM LADY
  4. BREAK DOWN
    <Side B>
  1. SPEED OF LIGHT
  2. TURNING POINT
  3. 孤独の戦士
  4. DRIVING YOU CRAZY NIGHT
  5. QUICK & DEAD

  • Vo:北尾 "KINNY" 茂久
  • G:日下部 "BURNY" 正則
  • B:村瀬 "ROMMY" 呂美
  • Ds:伊藤 "SHUNJI" 俊治

---第3期---
・5曲入りテープ
『Special Recording』

  1. RED LIGHT
  2. ROARING NIGHT
  3. SUN SET
  4. FLY BY THE WING
  5. TAKE THIS MELODY

  • Vo:吉田 "LEO" 隆
  • G:日下部 "BURNY" 正則
  • B:横谷 "WATARU" 渉
  • Ds:板倉 "JUN" 淳

VIDEO,DVD

・8曲入りビデオ
『SNIPER LIVE !! 』
  1. SUN SET
  2. TIME WAS
  3. ?
  4. ?
  5. LOOSE MY WAY
  6. ROARING NIGHT
  7. RED LIGHT
  8. TAKE THIS MELODY

V.A.

『HEAVY METAL FORCE』に1曲参加。

  1. Crazy Drug

  • Vo:北尾 "KINNY" 茂久
  • G:日下部 "BURNY" 正則
  • B:村瀬 "ROMMY" 呂美
  • Ds:伊藤 "SHUNJI" 俊治

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Burny Solo Project

『GRASS WALL~Ain't Dead Yet』

    <Side A>
  1. FRONT OF LINE
  2. NO REMORSE
  3. MIDNIGHT RAIN
  4. NECROMICRON
  5. RUNNING DOWN OF THE EDGE
    <Side B>
  1. IN THE TROUBLE
  2. TRY YOUR LUCK
  3. 953691
  4. TIME WAS

とにかく、一番のお気に入りジャパメタ・バンド !!
Burnyの奏でるSoundは激しくもあり、メロディアスでさえある。
単なる速弾きとかタッピング奏法だとかいう、いわゆる上面のテクニックだけでは語れないものがある。
ハート&マインドのある心をくすぐるような魂のこもったギターである。
曲の中には速弾きをするところもあるが、それはスロウなメロディを生かす為のものである。


個人的には、前期(オリジナル・メンバー)時のSNIPERが好き。
Vo.後期の吉田 "LEO" 隆氏の方がヘヴィさんを追及するならSNIPER SOUNDにはより合ってるとは思うが、メロディを活かしながら、オーソドックスなスタイルのハード・ロックを奏でるのであれば前期メンバーの北尾 "Kinny"  茂久氏の声質が合っている。
これは、もう目指すスタイルによりけりだと思う。


こんな逸話も残っている。
東京・目黒鹿鳴館でのライヴで、突然、ヴォーカル・マイクとギター・アンプ以外の電源が落ちてしまった。スタッフやバンドは慌てたが、この時"BURNY"が10分近くギター・ソロを弾き、このアクシデントを難なく乗り越えた。しかも、レオと二人でブルース・セッションをやり、場の雰囲気を盛り上げたと言う。こういう事は音楽性の豊富な、"BURNY"だから成し得た事だとも言える。
※現在、日下部 "Burny" 正則氏は、"ASIAN BLACK"、"GRACIAS"というバンドで活躍中!

これは、シングル『PHANTOM OF THE NIGHT』のジャケット裏です。


『PHANTOM OF THE NIGHT』の歌詞。


名曲『FIRE』の歌詞。


カッコ良い~!BURNY&KINNYの2ショットです。


見よ、ROMMYの勇姿を!初めて見た時はKISSのポール・スタンレーかと思ったほどカッコイイ!ランダムスター・ベースがROMMYの愛器です。


同じくROMMYのショットですが、こちらは鋲付きのランダムスター・ベースですね。


やったぜ~!!念願のポスターをヤフオクで入手しました。これは、"Quick & Dead"発売記念時に、販促用としてLP購入者のみに配布された貴重な物。勿論非売品です。


以前大阪のBourbon-Houseでバイトしてた時に、SNIPERのライヴ終了後に楽屋に押しかけてこのポスターを貰いメンバー全員にサインをおねだりしました(~_~)
が、しかし、そのポスター部屋に貼ってたら悲しきかなオカンに破り捨てられました(-_-;)
だから、今年('04年7月)になってヤフオクで出品されたのを機に落札しました。嬉しいです。後生大事に保管しておきます。
SNIPERのみなさん、サインして~!!


SNIPERの歴史について

今回のページを作る上で貴重な参考意見を頂戴しましたので、ここでご紹介させて頂きます。
お二人にこの場をお借りして御礼申し上げます。

ジャパメタの生き証人さん Part 1
スナイパーについて

はじめまして。スナイパー特集を見させていただきましたが、結成は'81年の8月ではなく、もう少し後だったと思います。
この時期にはまだスナイパーの前身バンドであるトラブルメーカーが存在しました。
トラブルメーカーは当時、スーパー高校生バンドとして世間の注目を集め、中部地区だけでなく全国的規模でコンテストを総ナメしていました。
ロッキンF主催のコンテストでも準優勝しています。後にスナイパーでも演奏されていた「眠れぬ夜」や「DEDICATE」等の曲もトラブルメーカー時代の曲です。


解散したのは81年の年末くらいだったと思います。
メンバー構成は、バーニー(ギター)、北尾(ボーカル)、須貝(ベース、後にKARIBOW PROJECTに参加)、志賀(ヒロ?ドラム、後にCROWLEYに参加)です。昔、デモテープ(2曲入り)を持っていましたが残念ながら紛失してしまいました。
上質なデモテープだったのですが、驚くべき事は録音された当時バーニーさんと志賀さんが弱冠16歳だったという事です。
バーニーさんのギタープレイは当時から信じられないくらい凄かったです。それにドラムの志賀さんは当時、ドラムを始めて1年弱だったはず(このバンドに加入する前まではギターを弾いてました)。
後にスナイパーがあまりにも人気バンドになってしまった為に、このバンドの存在を忘れてしまっている方々が多いとは思いますが、僕にとっては忘れられないバンドです。覚えてる方いらっしゃいますか?

ジャパメタの生き証人さん Part 2

例の幻のデモテープですが、確か名古屋のヤマハセンター内にあったスタジオウイングという所で録音された物だったと思います。
当時、僕にテープをダビングしてくださった方の話によると料金が1時間ウン万円もするスタジオだったので、料金を最小限におさえる為、ギターソロ以外はすべて一発録りで録音したらしいです。
当時、高校生だった彼らがお金をはたいて、いきなりプロ仕様のスタジオにてデモ製作をしたという事って今考えると凄い事だと思ってしまいます。


中学生の頃から地元のライブハウスやコンテストを観に行き始めました。まだジャパメタブームの前の時代でしたね。
ライブハウスELLでは人気が出る前の44マグナムやアースシェイカー等も観ました。当時は彼らも人気がなく、毎回20人くらいしかお客さんはいませんでしたね(笑)。マグナムはオリジナル曲が少なかったからなのかマイケルシェンカーのコピーも演ってました。


地元のバンドで最初にファンになったのはZETTというバンドでした(後にベースのTOSHIさんは第二期SNIPERに参加)。
そして、ZETTが出演していたコンテストで偶然、トラブルメーカーを観て気に入ってしまった訳です。
まさしくスーパー高校生バンドでしたね。しかも、メンバーの年齢が僕とさほど離れてないことを知りビックリしましたね!
トラブルメーカーが解散して、SNIPERになった後も応援していましたが、愛知勤労会館にて行われたメタルフェスにてCROWLEYを観てからはCROWLEYにハマってしまいました。その日には気づかなかったのですが、後にCROWLEYのドラマーが元トラブルメーカーの志賀さんだと知りビックリ!
それ以降、僕はジャパメタにとっぷりハマっていきましたねー。当時の名古屋メタルシーンは本当に熱かったです!
TILTやルーシェルその他、良いバンドが沢山いましたね。

Mr.bassmanさん
SNIPERについて。。。

結成時期:1981年8月 or 9月
(前身バンド:トラブルメーカー解散後、短期間でSNIPERに移行)
初ライブ:1981年10月10日 名古屋市鶴舞公園・野外ステージ普選檀(イベント多数バンド出演、トリ:子供バンド)


トラブルメーカーについて。。。
メンバー:生き証人さん書込み。
デモテープ:コンテスト・イベント申込用として製作(非売品)。「眠れぬ夜」:最初に出来た曲。「DEDICATE」:トラブルメーカーの曲。(当時、あまりプレーしなかったハズ)。その他の曲:「CRAZY WORLD OF ROCK'N ROLL」

以下のものはすべて、SNIPER関係者様よりご提供戴きました。この場をお借りして御礼申し上げます。


ロクf/1985年7月号を送って下さいました。 「Quick & Dead」リリース直前の KINNYさんのインタビューが載っています。
一番下の画像は、上2枚の画像のインタビュー部分の拡大画像です。



About Guitarist BURNY

《BURNY》

BURNYは、'87年10月にソロ・プロジェクトとしてアルバム『GRASS WALL~Ain't Dead Yet』をリリース。
このアルバムでBURNYは、スナイパーでは表現できない、また違った音楽性とギター・ワークを披露している。
このアルバムでは、ハードあり、インストあり、バラードありといった感じで色々な側面のBURNYを垣間見る事が出来る。 特にバラードの"TIME WAS"ではBURNYの泣きのギター炸裂でお勧めである。
スナイパー・ファンならずしも、ギター・フリークは一聴して欲しいものである。


その後、管理人もジャパメタからかなり遠ざかった時期もあり詳しくないが、前述のソロ・プロジェクトのメイン・ボーカリストの岸本 友彦(元MURBAS)と、これがきっかけになり、"J.D.K.BAND"という流れになった。
このバンドに関しては下記に紹介しています。
その後、スナイパーの第3期メンバーの1人であるDs.の板倉 淳と、B.には元ホワイト・ファング~大谷レイヴン・バンド他の高橋 竜を迎えてBurny,Ryo & Junを結成。
このバンドは3人が2年以上の歳月を経て'95年にリリースした唯一のアルバム。ベーシックなサウンドは、'70年代~'80年代初頭の洋楽指向のハード・ロック。


《J.D.K.BAND》

日本ファルコムの楽曲をアレンジ・演奏する事を目的に結成された岸本 友彦氏を中心とするバンド。
前身であるPresence Project(Falcom SPECIAL BOX '90)を経て、1990年のYsIII J.D.K. SPECIALから1996年のIMAGE ALBUM YsVまで、19作のアルバムで100曲以上を発表。
1991年~1993年にはゲーム・ミュージック・ライヴ・イベントにも参加している。

  • Vocal:岸本 友彦 / TOMOHIKO KISHIMOTO (ex.MURBAS,ex.REACTION)
    Lyrics, Compose, Arrange,Bass, Guitar, Synthesizer & Drum Programming
    リーダー。全アルバムに参加していて、全ての編曲を担当。
    FALCOM SPECIAL BOX '94以降は打ち込みサウンドが中心となり、J.D.K.BANDは実質彼一人のみになっていたと思われる。
  • Guitar:松川 純一郎 / JUNICHIRO MATSUKAWA (ex.SABBRABELLS)
  • Guitar:日下部 正則 / MASANORI KUSAKABE (ex.SNIPER)
    Falcom J.D.K.BAND 1の時はゲスト参加。
    2005年のSong of Zemeth(イース6ボーカルアレンジ盤)に参加。
  • Keyboards:高梨 康治 / YASUHARU TAKANASHI
  • Drums:玉村 冬景 / FUYUKI TAMAMURA
  • Guitar:駒方 弘行 / HIROYUKI KOMAGATA
    FALCOM VOCAL SPECIAL J.D.K.BAND 3のみ参加。
  • Guitar:白田 一秀 / KAZUHIDE SHIROTA
    J.D.K.BAND結成前のPresence Projectのメンバー。
    Falcom J.D.K.BAND 1でゲスト参加。
  • Vocal:斉川 ルミ / RUMI SAIKAWA
    PERFECT COLLECTION YsIIのみ参加。
  • Lyrics, Vocal:山下 弥生 / YAYOI YAMASHITA
    FALCOM VOCAL SPECIAL J.D.K.BAND 3で参加。
  • Lyrics, Vocal:長織 有加 / YUKA NAGAORI

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